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2017年7月 3日 (月)

第8回 連続講座の報告

「日本国憲法公布70周年記念 連続講座 日本が再び『戦前』にならないために  ~平頂山事件に至る時代と今の時代を比較して~」

 第8回連続講座が2017年6月12日の午後6時半から,文京区民センター3C号室で開かれました。
 講師は姫田光義先生(中央大学名誉教授)で,演題は「加害と再生の大地・撫順を世界記憶遺産に」と題するものでした。

 私たちが1年にわたって開催してきた今回の連続講座の締めくくりとして,「撫順」という地の「再生」に関わる撫順戦犯管理所のお話でした。

 当日の講演の要旨は以下のとおりです。


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 姫田先生は冒頭「この道」の歌を朗々と熱唱しました。日本が軍国主義の支配で中国侵略に進んでいった道をくりかえさない、という強いメッセージを参加者に与えました。日本軍は中国に日清戦争以来50年侵略を続けています。1894年から1945年までです。

 人類は50万年前から平和を願ってきました。平和を願わない人はいません。しかし、平和には条件があります。孫子の兵法にも「闘わずして勝つ」というのがあります。つまり政治です。19世紀の前半クラウゼッツも戦争は政治だ、と言っています。毛沢東も政治はまつりごと、と言っています。天が地上に幸せをもたらす、これを天命という言い方もあります。天子は天の命令で地上に幸せをもたらす、のです。ダメな天子は首をすげ替えて良い、革命です。中国では「易姓」と言います。「周」の「姫」を秦の「栄」がとってかわりました。天皇には姓がありません。

 平和にしよう、というのは重要な政治の課題です。近隣の国と仲良くできない日本には平和はない、ということです。今の日本では90%の人が「嫌中」です。しかし、そのうちの60%は日中関係は大事と言っています。日本人に欠けているのは「歴史認識」です。しかも「歴史認識」の前に「歴史の事実」を知らないと思います。「捏造・歪曲」して伝えるマスコミがあります。某新聞は官邸の御用新聞になった、ときのうのサンデーモーニングでやっていました。きちんとした知識をもってほしい、ということです。大澤武司「毛沢東の対日戦犯裁判」という本があります。中華人民共和国における戦犯裁判が1950年代にありました。その前、1946年から国民党の蒋介石が裁いた裁判では戦犯として139人が処刑されています。

170612  日本人が加害を知らなくなったと思います。戦前、人が鬼にかわっていくプロセスがあります。人を憎み、蔑み、差別することで侵略戦争につきすすんでいきました。殺人事件があれば被害が一人でも報道されます。しかし、戦争ではたくさんの人が殺されたのに無感覚になってしまうのです。日本の戦争で300万人が死んだといわれますが、そのうち、240万人以上は海外で亡くなっています。さらにそのうち、フィリピンでは50万人が亡くなっています。大半は餓死です。史実を見ないで語る人がいます。南京事件、平頂山事件をウソだという人がいます。かれらのほとんどは現地に行かずにものを言っています。

 人から鬼に、鬼から人に変わっていった中帰連の人びとの歩んだ道を撫順の奇蹟と呼びますが、抽象的な意味ではなく、具体的に中華人民共和国の戦犯裁判がどんなものだったのかを見る必要があります。世界で唯一戦犯管理所がのこっているのは撫順だけです。捕虜収容所は各地にあります。しかし、戦犯管理所はありません。撫順だけです。戦犯を改心させて帰国させた世界で唯一の例です。憎しみと報復の連鎖を断ちきって平和と友好を実現したのです。

 南京事件は193712月におきました。8月の上海上陸以来、食料補給もせず、現地調達の方針で略奪をし続けました。日本軍の捕虜政策は「捕虜の惨殺」でした。戦犯たちは自分たちがやったことを考えれば、自分たちもそうされるだろう、と考えていました。

 中国にはいってきたソ連軍が60万人の日本兵をシベリアに連行しました。8%が死亡しています。しかし、生き残った1,000人だけが中国に移管されました。なぜこの人たちが選ばれたのかはナゾです。くわしくわかっていません。1950年にスターリンと毛沢東の会談で1,000人の中国への移管が決められます。

 戦犯たちは最初反抗したり、抵抗したりします。しかし、管理所職員の暖かい態度に接し、次第に心を開いていきます。

 1956年に全員の帰国が決められます。日本に帰ってきた人たちを待っていたのは「赤帰り」「中国に洗脳された」というレッテルでした。不幸にも戦後の「冷戦」の影響が大きいと思います。中国には「二元論」があります。「悪いのは日本軍国主義で、日本人民は犠牲者である」というものです。

 事実は1,000人の命を救った中国、帰国したあと平和の活動をした元戦犯、という事実です。

 

 このお話のあと、世界記憶遺産にしていくための運動のすすめ方についての議論をしました。

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